邂逅-アイム-1-

writton by 萩梓

 目が覚めると、白い天井があった。
 続いて、耐えがたい空腹感と、それを満たしてくれるであろう、ベッド脇の香ばしい匂い。
 瞬く間にそれを口に入れてしまって、黒翼こくよく有翼人ゆうよくじんはぬるりぬるりと一本の毛もない頭を撫でた。ざらりとした肌触りがないということは、そんなに時間は経ってないらしい。
 そうして紫眼を少し細め、再び天井を刹那見上げてから、
「状況を報告しろ」
 と、空間に声をかけた。
「りょっおかい」
 ゴトンゴトン、と相棒が床を叩く音がする。
「まず、あんたはこの家の裏で倒れてた。そこまではいーい?」
 甲高い少女の声が返ってきた。
「すまん、記憶があやふやでな」
「あのねー……で、あんたは通りすがりの人間に拾われたの。嫌だろうけど、人間の男」
「……嫌だな」
「ほんとわかりやすい奴! で、ここの家の人と一緒に、この部屋まで運んでくれたの。で、その人が何と……」
「しっ」
 有翼人は相棒を制した。
 きぃという足音と共に、精霊の、匂いがこちらにやって来る。普通は気配というのだろうが…懐かしい匂い。そういえば昔は話をすることだって出来たのだ。

 ----初めて人を、殺すまでは。

 とにかく精霊さんが助けてくれた。自分が幾ら不吉な外見をしていても、人間と違って、精霊さんなら悪魔とも死神とも言わないだろう。絶対に。
 何とお礼を言えばいいだろうか。もしかしたら、自分を覚えてくれているだろうか。
 そんな訳はないから、まず自己紹介だ。そう、アイムっていうんだ。
 黒翼に紫色の瞳の青年は、自分に言い聞かせる。……このアイムさんは、アイム・ミラーフェルト。

 再び空間に呼びかける。
「ラヴェル、あれが、『ここの家の人』か?」
「そう! そうなの! それで……」
 アイムの相棒が何か言いかけた時、足音が止まり、ドアがゆっくりと開いた。

「なんだよー、ヒトかよー!」
 現れた人物…フォルクスを見るなり、ベッドから降りもしないでアイムは地団駄を踏む。
「せっかく精霊さんとお話しが出来ると思ったのにー! 十年以上振りなんだぞー!」
 布団が宙を舞った。ハゲ頭がきらりと光る。
「何で匂いがするのに精霊さんじゃねーんだよー!!」
「悪かったな……人間で」
「うるせーお前なんか人間じ『ごぶっ!』!」
 アイムの口から真っ赤なものが吹き出した。
 フォルクスは唖然とした。矛先を染めた、槍が……有翼人と一緒に回収したはずの大きな槍が、音を立てて跳ねている。
「ああ、気にしないで。ただのツッコミだから。コイツの血ならじき止まるわよ。そういう体質なの」
 しかも、喋っている……部屋の前まで来た時、確かに「二人」の声がするとは思ったが。
「……そっちこそ、悪魔の紫のくせに」
「何で『悪魔の紫』なんだ? 紫色の眼にも色々あるだろ? お前、これをどこで見た?」
「それは…………アカデミー、かな」
 授業で出て来たかも知れない。騒がしい同輩達の、噂話にも上ったかも……紫眼しがんの悪魔、なんて呼ばれるような連中が、そう簡単に標本にされるとも思えないが。
 アイムの血は本当に止まっていた。

 そろそろ、リゼッタがやって来る頃合だな、とフォルクスは自室の方向に顔を向けた。とりあえず、この変な有翼人と、もっと変な槍から逃げ出したい。
 ……白子の自分を見ても、精霊がどうのこうの以外に何の反応もしない、とっても変な、でかくてハゲで黒翼の有翼人。
「でもお前、精霊さんの匂いしかしねーんだよなー。ふっしぎだなー。まあいーや。アイムってんだ」
 アイムはフォルクスに向かって、紫の瞳を細めた。
「パンをありがとう。このアイムさんは、アイム・ミラーフェルト」