お菓子に罪は無い

writton by 萩 梓

 フォルクスとアイムの物語より、三年前のお話――――

 傭兵エーリック・スタンがとある酒場に入って行くと、ここのところ〝お仕事〟先でやたら出くわす暗殺者が、カウンターで大瓶を煽っていた。
 二つ名を〝漆黒の悪魔〟。悪魔の紫、と呼ばれる紫の眼に、大きな黒い翼が死神や悪魔を連想させるので、こんな名前が付いたらしい。トレードマークは禿頭に黒いマント。
 昔は違ったらしいが、依頼を非常に正確にこなすので、貴族達にも信頼されている。後、非常に悔しいことに、エーリックよりずっと背が高い。
 と、こんな奴にも弱点というか、見かけによらない処がある。
「……甘い酒に、甘い菓子。今時お前くらいだよ、こんなガキも食わない組み合わせ」
 言って、エーリックは隣に腰を下ろす。
「やっほーエーリック。言ったって無駄なのよ、こいつは」
 声の主は漆黒の相棒、ラヴェル。喋って動いてたまに魔法を使う以外は、至って普通の大槍だ。
 目の前には大量の菓子。
「いーじゃねーか、土産屋にあったんだから」
 そう、こいつは病的な甘党なのだ。
「酒くらい普通のにしろよ、たまには俺が奢ってやるから」
「やだ。どーせ酔わねーんだから。あーあ、報酬がぜーんぶお菓子だったら、わざわざ買いに行く手間が省けるのになー」
「……それ、本当ですか?」
 二人が同時に振り向くと、そこには酒場にはまだ早い小さな少年。
「父が呑んだくれで、母に酷い暴力を振るうんです。……あの、僕のうち、お菓子工房だから、お礼はお菓子に出来ますよ!」
「やめとけやめとけ、こいつ、こう見えて今絶賛売り出し中の暗殺者だから、そんな報酬――――」
 エーリックのそんな気遣いを、
「乗った!」
 一言で無にする漆黒なのだった。

 数日後。
 再びエーリックが酒場を訪れると、カウンターには、天井に届くくらいの焼き菓子の山。
「呑んだくれじゃ無かった」
 傍らで呟くラヴェル。
「母親に、暴力も振るって無かった。大方、工房の相続問題ってとこね」
 エーリックが絶句していると、漆黒の悪魔はもそもそと菓子を口に詰め込みながら、
 「依頼は、依頼だ。お菓子に罪は無い」
 それだけ、言った。

―― fin――