アーデルリアス王国とはほど遠いラディスハイド王国国境、ステンダー山脈の洞窟内……という情報を、フォルクスは脳内で改めて確認する。
精霊の気配が酷く濃い。めまいを起こしそうなほどに。
先ほどから壊れた音信魔具のように突飛なことを話していたドワーフが、不意に突っ伏した。感じからして、疲れ果てたといった様相である。……と、思えば、洞内に彼のいびきが響く。
とりあえず、フォルクスは彼に、〝良き夢を〟と込めた精霊の息吹を送る。
――――さて。全てを信頼するならば、という前提がつくが、情報量が多すぎる。
ひとまず、ザインらしき声は放っておく。真偽がどうとか以前に、距離があるし、魔法騎士団が軽々しく国境を越えるのは宣戦布告に等しい。何かあれば、ザインとつながりのあるノイエスなりリゼッタなりからウェノでも使って連絡がくるだろう……あんな大御所が絡む面倒ごとだったら、できるのならば御免被りたいが。
ついでに、爆睡モードに入ってしまったドワーフも、すくなくとも健康的には異常は無さそうなので後回し。
それよりも気になるのは、先ほどからやたらにやかましいアイムの方である。
「なぁ、ちょっと訊きたいんだが……」
「うん?」
とりあえず、話ができる程度には落ち着きつつあるらしい。
「お前、喧嘩がどうとかいうレベルで精霊と会話が成立するの?」
ほんの少し、アイム側の空気がよどんだような気がした。けれども、すぐに戻って返答があった。
「昔はなぁ。……っていうか、フォルクスもそれだけ精霊さんと近そうなら話せるんじゃ?」
「……いや。少なくとも、物心ついて以来、普通の精霊と〝会話〟が成立したことはない」
「……え!!」
アイムは驚いているが、フォルクスにとっても驚きである。思わず、こめかみに指を当てた。
「感覚的な共有で漠然とした意図は感じても、一般的に精霊と〝言語的な会話〟の経験は、無い」
「いや、それじゃぁ、このアイムさんがおかしいみたな言い方じゃぁ」
「おかしい、とまでは言わない。この世には、人間になりすますようなレベルの精霊も存在するし、ちょっと拙い感じの精霊と妖精の中間みたいな存在もいる……ただ……いわゆる元素の精霊と会話が成立する、という事例を、俺が聞いたことがないだけ、だと、思う」
そもそも、学ぼうとも思った事が無い。アカデミーには『精霊行動学科』という研究部門もあるのだが、フォルクスはそこを避け、錬金術や技術などを扱う『アルケミスト学科』を選択した。なぜだか、探る気にならなかったのである。あるいは、自分の〝異常性〟を認識したくなかったのかもしれない――まぁ、結果として、アルケミストというのもあまり普通ではないが。
「……その辺も〝混ざってる〟云々に関係あるかもしれないしなぁ。現状、情報が少なすぎる」
軽く眉をしかめて考え込む。
「……フォルクスって、実はマジメなのか?」
「アイムが杜撰なのよ」
という漫才のようなやりとりが聞こえる。
「ところでさぁ」
ラヴェルが問う。
「連れ戻せ、とか言われてるのはいいの?」
疑問に思うのも当然である。ザインの地位を理解しているかどうか怪しい――と、フォルクスは思っている――アイムはともかく、ラヴェルには気になるのかもしれない。なんで槍のが常識的なんだ、というツッコミは意味がないことは、これまで散々に経験している。
「本気で用事があるなら、普通にウェノが飛んでくるだろ。ザイン様なら王室御用達の高級鷹ウェノ、リゼッタなら廉価な鳩ウェノ」
「……冗談いう人じゃないでしょ?」
「本物かどうかも怪しいし、そもそも……行き先知ってるのと俺の性格だって知ってるヤツが近所にいるんだから、いろんな意味で魔法騎士団に依頼するような話じゃないだろ。……ちょっと金持ってるだけの一般商家の、しかも無駄飯食らいだぜ、俺」
ふと、アイムの目線がこちらに向く。
「帰ってこい、って言われたら、帰っちまうのか? ―― ベルナートおじちゃんにも会わずに」
どこか、寂しそうに思えるのは気のせいだろうか。軽く、フォルクスは吐息した。
「理由や状況による、としか。そもそもとして、俺は軍属でもなんでもない、善良な一般市民なんで、よほどでなければ軍の命令なんざ聞く義理はねぇ」
善良かどうかは別として、道理ではある。
洞窟の奥から、パタパタと足音がした。見れば、ドワーフの女性が駆け寄ってくる。
「あー、もう。兄さん、また〝アレ〟になったのね? 世話が焼けるわぁ」
言いながら、よいしょ、と寝ているドワーフを担ぎ上げる。
「……彼は……魂寄りみたな人、ですか?」
フォルクスは、どうにかコトバを選んだ。妹らしいし、さすがに「しょっちゅう奇行にはしるんですか」とはいえない。それに、可能性はある、と、思う。
「あらま。人様巻き込んで。……そうねぇ。そこまで上等じゃないとは思うんだけど、たまに何かに取り憑かれたみたいに変なこと話して、それが当たることもあるわね。それで、一応、神殿の端っこに住まわせてもらってるの」
「……神殿、ですか」
すると、ドワーフ女は、あら、とつぶやいた。
「そうよね。こんな入り口で立ち話っていうのも酷よね。みなさん、ウチのバカ兄が呼び込んだんだろうし、村の宿にいらっしゃいな」
そう言って、促すように歩き出す。
否やは無い。それについて行った。
とりあえずは、久々にきちんとしたベッドで眠りたかった。
―― Side アーデルリアス ――
ザインの身振りに促され、アルティアは場所を移動する。
そこは、何重にも結界をはって外に情報が漏れないように施されている、通常は対外戦略の打ち合わせに使う会議室である。現代はともかく、過去にはそうでもしないと何らかの魔法や力を駆使しての敵情視察が当たり前の時代があった。――そのような時代にあのドワーフのような存在がいたら、おそらく抹殺されていだろう。
ただ、今はそのような話はない、はずである。
事前に言われた〝フォルクス・バーム〟なる名にも、一応の心当たりはあるが、たしかそれなりの宝飾商の子息はいえ、家を継ぐあてもなさそうな一般人ではなかったか。
渦巻く疑問とともに、その部屋に入る。
普段なら重役がひしめく息苦しいほどの緊張感の走る部屋ではあるが、今回、そこには、つい最近、参謀班に転属したリゼッタという青年しかいない。
「……すまんな。外界に漏らしたくは無い事項なのでこの部屋を使わせてもらうが、内容は、私とアルティア殿、そして、フォルクスという名の青年にまつわる……まぁ、私事で収まれば良い、と思える話だ」
リゼッタの名は出ない。それもそのはずで、彼は、フォルクスと接触を図るのに目立たない単なる繋ぎ役である。
「では、連れ戻せ、というのは……」
「……力尽くで、という事態にはなってほしくはない、とは思っている」
話が見えない。ザインは身振りで着席するように促した。なお、リゼッタはこの中では一番の下っ端なので、二人のお茶を煎れてから、であるが。
「しばし、様子をみて、おそらくはそうだろう、と推察した」
ふわりと出現したのは、ザインの使役する、一般とは少し違う精霊である。ナイディシャイン、という名である、と、特に彼が現役だった頃は有名だった。
「……アルティア団長は、精霊王の伝承をご存じか?」
首肯する。
神話である。
かつて、森羅万象を司る精霊たちに偉大なる王があった。けれども、幾度かの厄災のうちに精霊の王はその身から分け御霊を創り、その御霊のいくらかは、なんらかの要員で四散し、大地や自然、あるいは生物などに溶け込んだ、という。
「少なくとも、アルティア殿とフォルクス・バームは、その身に精霊王の分け御霊の欠片を宿している」
沈黙が降りた。アルティアは精霊の魔法も使えるが、それを公にはしていない。フォルクスが精霊をその身に宿していることはアカデミーで本人が吹聴していたので近しい者には知られてはいたが、そんなご大層なものだと思った者はいなかった。
「……そして、私は少なくとも二つほど、分け御霊の精霊がある者たちを守護していることを知っている」
リゼッタは軽く呻った。なぜなら、彼の話を総合し、敢えてこの、結界の強い場で言う、ということは――
「その連中は、ザイン様やアルティア団長、あるいはアーデルリアスに敵対する可能性が高い?」
「そう、ならないことを願いたいが、な」
低い声は、むしろ肯定であった。
―― Side ラディスハイド ――
ラディスハイドの宮中に、ステンダー領王家の主の側近の一人として、トーアと名乗るエルフがいる。普段は隠しているが、その目は〝悪魔の紫〟と呼ばれる色を宿していた。少なくとも、数代前からステンダー家にいる、何か訳ありの者らしい。そういうことは基本的には問わないのが、彼らの主義である。
「……嫌な予感がします」
告げた相手は、ただいま逃亡中の世継ぎエーリックの従妹にあたる、領王の補佐、クラン伯爵アーリンである。
「どういう種類のものかしら?」
書類の手を止めて、アーリンは問うた。
「まだ、動き始めているかどうか、という雰囲気ですが、あるいは……」
彼は少し言いよどんでから、告げた。
「あるいは、アーリン様やベルナート様をも巻き込む、危険な動き、かもしれません」
アーリンは苦笑する。
「それじゃぁ、曖昧すぎて、まだ何も手を打てないわね」
そうですね、と、トーアは首肯しつつも、言い知れぬ何かが動いている気配に、少し身震いをした。
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