「……こっちだ」
奇妙なドワーフは通常は寡黙らしい。
悪夢にうなされたアイムと、しっかりと眠ったフォルクスとは、彼の言うところの〝大地のお方様〟とやらの神殿に案内される。
精霊の気配がますますと濃密になる。ただ、少なくともフォルクスのよく知るものとは少し違うような気がした。
不意に、ドワーフが直立する。
「……イェーイ! 来たね、混ざりっ子たち!!」
彼の声ではない、もっと、子供のように甲高い。
「さぁ、ミッションだ! ほらっっ」
唐突に、暗闇に包まれた。隣を歩いていたはずのアイムすら見当たらない。
「……おまっ、ちょっ、呼びつけておいて……!!」
文句を口に出した途端、ぞわっとした気配がフォルクスを襲った。
何かの敵意だ。
落ち着け、ヤツは〝ミッション〟と言っていた。文学などで出てくる試練に近いものか。
あの船上での経験以来の緊張感で、感覚を研ぎ澄ます。
暗い。彼を食らおうとしてくるかに思える。けれどもその奥に、何かがある。
ただ頼むのでは無理だ。
あの、消えてしまった小さな妖精たちのうち、たった一人が唱えていた、あのコトバ……
「……世の理の長、万象を司る者たちに、我が名をもって命ず……疾く……」
ふと、その名が頭の中に響いた。奥の、あの何か……
「……疾く、光を解放せよ…………ルミスシャイン!」
ぱぁんとはじけるように、闇が四散する。気づけば、フォルクスの内側に、何かがいた。
見ると、アイムが何かに包まれている。
「……練習も、ってか」
バカにされているような気分がする。アイムは、人質に近いのか。
「ルミスシャイン!」
喚べば、その声に応えて一角の馬のような姿をした光が飛び出し、アイムの側の闇を四散させた。
―― 慣れてないのよ、守られるってこと…… ――
いつぞやのラヴェルのコトバを思い出す。こんなことで拗ねられてはたまらない。そう考えたフォルクスの意を汲んだかのように、光の馬は、その蹄で思いっきり、アイムの禿頭を蹴った。
「……いってぇ……!」
アイムが蹴られた後頭部をさする。それから、蹴った〝それ〟を認識する。
「……これ、精霊さん!? 馬!?」
「たぶん、しゃべったりはしないと思うぞ」
フォルクスは言った。それで、アイムはフォルクスの方を見る。
「なんで?」
「……感……いや……」
似た気配を知っている気がした。
「……ザイン様の……ナィディシャイン……そうか、アレに似てるんだ」
「……てか、なんでこのアイムさんが蹴られなきゃなんねぇんだ」
「拗ねられたら面倒だからなぁ」
「意味が判んねぇ……いきなり暗くなったり明るくなったり……精霊さんが増えてたり蹴られたり……」
と、いうことは。アイムは現状、フォルクスの試験のようなものだったのか。
不意に、パチパチと手を打つ音が聞こえた。
「いやぁ、思った以上にあっさりモノにしたねぇ」
やたらに上機嫌に見えるエルフの男性だった。細身で、身なりは貴族風。銀の髪と、紫――しかも、悪魔の紫と呼ばれる色合いの瞳が印象に残りそうなものだが、それ以上に、動作が大げさで胡散臭そうに見える。
「……お方様、とやらじゃぁ、ないっすよね?」
フォルクスから見れば、はっきり言って不審者である。もっとも、先方からしたらこちらが不審者だろうが。
「ここの主、大地のお方様は基本的に、人に話しかけたりしないねぇ。たまに、そこのドワーフみたいな憑代体質の者に代弁させる。正直、滅多にない事例だけどね。でも、まぁ……」
胡散臭いエルフはフォルクスとアイムを眇めた目で観察する。その様相を隠しもしない。
「……当然、か」
……意味が判らん、という言葉を飲み込んで、フォルクスは言う。
「……遅れました。俺はフォルクス・バーム。こちらは俺の護衛で、まぁ、友人でもあるアイム・ミラーフェルト。で、あなたは?」
「ああ、ご丁寧にどうも。そうだね、名乗ってなかった。僕はトーアと言います。ここ20年くらいはクラン伯爵家の食客みたいな感じかな?」
ここは、ステンダー領内である。エルフとドワーフが同居していても不思議のない、珍しい地方。けれどもそれは〝単なるエルフ族〟なら。それなら、アーデルリアス王国にもエルフ族の独自領などがある。けれど、彼はかなり様相が違って見える。
不審げに見ているのを相手は察した。まぁ、あからさまにそういう顔をしていたのだから、よほど鈍くない限り気づくだろうが。
「はいはい。僕の、この〝目〟だろう? こういう一族なんだけどね。僕はそこの脱走者」
「……脱走……?」
「だって、隠里で暗~くひっそり爺くさく掟とか儀式とか相手に暮らしてるより、出られるものなら広い世界をみたいじゃないか!」
両手を広げ、若干、自分に陶酔してるように宣う。
「……なぁ、フォルクス……アレ……」
「……変人……」
「あー、よく言われるよー。ただ、僕もちょっと仕事しなきゃなぁ、って雰囲気になってきてねぇ」
不審というよりも、変なヤツ。フォルクスは思いっきり目をそらした。あんまり、関わりたくないような気がする。
トーアと名乗るエルフが、パチン、と指を鳴らした。
何か、おそらく魔法の結界らしきもので隠れていた領域が現れる。
「こんな物が、よりにもよってこんなところに出てきちゃってね」
フォルクスはそれに、覚えがあった。
アイムも、昨夜はそれでうなされた。
空間の欠落、とでも表現すればいいのだろうか。そこだけぽっかりと、何もない。呼吸くらいはできるだろうが、酷く不自然な円形の空白。そこだけが、濃密な精霊の匂いが染みつくこの洞窟の中で、違和を発している。
「たぶん、君たちは見たことくらいはあるはずだよ」
トーアは目を眇める。
「一応、環って呼んでる。まだ、動かないだろうとは思う。だけど、これは、僕が出てきた所が動き始めるかもしれないときに作るものだ」
まったく意味の飲み込めない周囲を置いてきぼりに、声音は、ひどく面倒そうだった。
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