ヴォールファート領 -アイム- 12

writton by 萩梓

 アイムがエーリック・ステンダーとオシルス・クランの貴族コンビを宿屋から賑やかに送り出すのを、フォルクスはベッドに座って聞いていた。
 なんか……すっごく、楽しそう。
 もしかしたら自分の護衛を返上して、そっちに着いて行くとか言い出すんじゃないかとか、もやもやした感情をフォルクスが持て余していると、当のアイムが部屋に入って来た。
 正面に立って、少しだけ鼻をひくひくさせて、一言。
「確かに精霊さん、増えてる」
 それで思い出した。ああ、コイツも一応、精霊の気配が分かる奴だったと。
「今なら、すっげー魔法とかぶっ放せるんじゃねー?」
「そうかな?」
 フォルクスが作り笑顔を浮かべると、アイムの後ろから当たり前のようにラヴェルがひょこ、と穂を出した。
「そう。魔法生命には、魔法のことが分かるのよ。明らかに、精霊使いとしての格が高くなってるわ」
「そういやお前、魔法生命だったな」
「アイムは黙って。でも、精霊憑きの度合いも高くなってるから、今度同じことがあったら、フォルクス、即死だから」
 ……まあ、今回だって無事に回復出来るなんて思ってもいなかったが。
 怪我の功名、という言葉もあるけれど、フォルクスが自分の〝成長〟を自覚するのは、まだ、これからの話。

 アイムが自分の部屋に戻ってくると、中から知らない独り言が聞こえた。反射的にラヴェルを構えるが、
「あー、何なんだ、あの二人は! ステンダーの世継ぎに、クランの……何でこんなところに!」
 こんな感じで、殺気もない。
 中を覗けば、銀髪を腰まで伸ばした男が一人。長身にぴったりした黒い服を着て、顔の横から尖った耳がはみ出している。
「ちょっとお前、ヒトの部屋で何やってんだ?」
 男が髪を揺らして振り向く。
「ああ、貴方ですか。アイム・ミラーフェルト。初めまして。私は、ブラウと呼ばれています」
 その眼はアイムと同じ、〝悪魔の紫〟。
「あー分かった! あたし、当ててあげる。貴方、ルージュって奴の身内でしょ!」
 ラヴェルがぴょんぴょんと跳ねた。
「身内とは畏れ多い。確かにあのお方は、私達の族長です」
「あー、このアイムさんが言いたいのはだなー、用があっても勝手に部屋に入るなっつってんの! こっちは物騒なことがあったばかりなんでな」
「部屋が駄目ですか。では、こうしましょう」
 言って、ブラウはいきなり部屋の窓から身を投げた。飛び降りたのかと思ったら、アイムの目の高さにふわふわ浮いている。
「……まー、いっか。で、ルージュの同族のヒトが何だって? このアイムさんがあのジジイの孫だから、今更、連れ戻しに来たとか?」
「そんな人間のようなことをするものか。……あのお方は後二、三百年は族長の座に恋々としているでしょう。混血の貴方の出番がある訳がない」
 ブラウはそこまで生真面目な顔で言って、咳を一つだけした。
「……私はただ、忠告をしに来ただけです」
「チュウコク?」
 ラヴェルが首を傾げる。槍だけど。
「あのお方は確かに、貴方にラディスハイドに行けとおっしゃった。でも、このような事態を予想してはいらっしゃらなかった。いいですか、高貴な血を引く者よ。言うべきことは一つ、目立つな、ということです」
「……は?」
「我が一族は、ただ静かに生きていたいのです」
 アイムは少し顔をしかめて、
「だったら、〝漆黒の悪魔〟もそーとーまずいんじゃねーの?」
「ええまずいです。非常にまずい。でも廃業したのだからこれ以上は言うまい。一族としての忠告は二つ。貴族と結婚するな。貴族の養子にはなるな。一市民として、生きてください」
 顔がぱっと明るくなったアイム。
「なーんだ。そりゃ全然大丈夫。このアイムさんはな、結婚したくなくて家を出て来たんだからな。それに、エーリックとオシルスはただの昔馴染みだし、ベルナートおじちゃんだって世話になっただけだからなー」
 ブラウはそこでやっと顔を緩ませると、窓の側から空高く昇っていった。
 ――――忘れられていた、ラヴェルが一言。
「フォルクスは?」

 そんなこんなで、フォルクスが歩けるようになるとすぐ、二人と一本は旅を再開するのである。
「……だからって、幾ら近道だって、こんな処を歩かなくたっていいんじゃ…」
 上り坂は大きな岩だらけ。
「うるせー、荷物持ってやってるんだから、きりきり歩け!」
 直近に何が待っているかは、まだ、誰も知らない。