ヴォールファート領-フォルクス-12

writton by 龍魔幻

 フォルクスがまだ学術都市クレスブルクの学生だった頃、興味津々といったふうに話しかけてきた女学生がいた。
 曰く「貴方が噂の、精霊憑きの白子アルビノくん?」といったふうだった。
 王都や町中であればともかく、ここではあまり珍しくない。なにせ〝世界の学術の最高峰〟という名目の、好奇心のためならいろいろと常識を破壊するのも厭わない連中が山といるところだ。遠慮よりも好奇心、変わり種は興味の対象として大歓迎のネタ、という場所である。
「厳密には、精霊憑きじゃなきゃ生まれた瞬間にくたばってたヤツ、かな」
 在学半年にして、この対応に慣れた。そうすると、むしろ王都で奇異の目と腫れ物に扱うように接されるより、よほど気楽な生活である。
「……つまり、見た目以外にもいろいろ、ってことね」
「内臓もめっためたらしい。精霊の気まぐれに見放されたら秒殺」
 そこに、暗さはない。フォルクスにとって、それは単なる事実だ。
「んで、あんたも噂のヒトだよな、確か。はるばる大陸の逆端ラディスハイドから、必要も無く留学にきた、魔術の大家のお嬢様」
 すると、彼女はむっとして赤茶の髪をかき上げ、抗議する。
「アーリン・クラン。たしかに魔術は家で学べるけど、私は錬金術の基礎を学びにきたの。お姫様のお遊び扱いは御免こうむる」
「……そりゃぁ、失礼」

 4年ほど前の話である。変人の多いアルケミスト連中にしっかりと馴染んでいた彼女は、半年ほど学んだ頃、急遽、故郷に帰省することになった。未練はたっぷりだったようだが、家の事情・責任は看過できない、と。その頃にはすっかり仲間意識をもっていたフォルクスは、貴族ってのも大変だなぁ、と、別れを告げた。

 兄の婿養子先を出た直後に自らを襲った苦痛を、フォルクスは「ついに精霊に見放された」と思った。いかんせん、彼は精霊の加護を彼らの気まぐれだと解釈している。だから、いつ見放されも、それでこの半端な命が消えようと、それは当然なのだ、と。よくもまぁ、20年以上も見放さずにいてくれたものだ、とさえ思っていた。
 ここは兄の領内であるから、見つけたら実家に報告が行きやすい。彼の、未だ何件か残っている仕事内容を引き継いでくれる誰かが派遣されてくるんだろう。
 身体の苦痛の受け入れつつ、彼はそんなことを考えていた。

 ぼんやりと意識を取り戻したフォルクスは「死後の世界って案外、普通なんだなぁ」と天井を見上げていた。けれども、妙な違和感を感じる。
 まだ少しだけ残っている痛み。
 周囲の精霊の気配。
 寝台の感触。
 自らの鼓動や五感。
「……もしかして、まだ生きてる?」
 そんな寝ぼけた発言を聞かされたのは、アイムとエーリックの帰りを待つオシルスだった。
「……生きてます。ようやくのお目覚めですね」
 とりあえず応えたはいいが、フォルクスにとって彼は「誰だ、こいつ」である。口に出なかっただけでも上等だろう。オシルスもすぐに、彼が自分を知らないことを思い出した。
「アイムさんの知人で、オシルス・クランと言います。たぶん、従姉いとこがアーデルリアスに留学したときにお世話になっていると思うのですが」
 ぼんやりと、フォルクスの頭が動く。クラン、というと……
「……アーリン・クラン?」
「ええ。僕の父は、彼女の父君の弟にあたります」
「あ~……お世話というか、がっつり振り回されました……」
 そんな寝ぼけた応えに、オシルスは笑いを吹き出した。
「やっぱり、そんなところでしたか」
 そのまま笑っているオシルスと、未だに頭の中で状況を整理しているフォルクスの姿は、客観的に見れば珍妙な空白である。
 少しして、ガチャリ、と音を立てて扉が開いた。
「……あ、戻られましたか、アイムさん、従兄上あにうえ……」
 振り返ると、エーリックがアイムとその槍、ラヴェルを担いでいた。
「…………えーっと、どういう状況です?」

 エーリックはアイムを床に下ろした。アイムはどう見ても拗ねている様子だった。
「だってお前、あのババアに物理制裁しようとするんだもん。そんなもん、悲劇のヒロインネタになるだけだって」
「…………だからって……」
「もっとダメージいく話、してたろうが。意識はあったろ、漆黒」
「いや、意味わかんねー」
 そこへ、オシルスが口を挟む。
「こちらも何も聞いていないので、説明願います。場合によってはステンダー領でも、ヴォールファート領やバーム家との取引に影響が出る可能性があるので、調査をおねがいしたはずですが」
「あー。それがな……」
 エーリックは伝える。
 実行犯は口がきけないほどのダメージから、話せる程度にわずかな治療をすると、一気にしゃべったという。曰く、ヴォールファート侯爵夫妻とうまくいっていない大奥様が、ちょっとした婿いびりのつもりで弟殿の周囲から精霊を一時的に退去させたら、少しは慌てるだろう、それを眺めて少しは溜飲を下げる、という程度のつもりだった、と。まさか、精霊が少しの間周囲を離れた程度であんなことになるなどとはつゆほども思わなかった、と。
 あんまりにもさらさらと自供するので、覚悟していた拷問沙汰なども無く、実際に侯爵家の先代夫人も認めたので、当主に彼の〝本名〟で警告した。
「……いやぁ、漆黒……あ、アイムな、コイツがババアに物理で突撃しようとするから慌てて止めたぞ」
「…………物理で、ですか」
「俺にはそれ以外、ないからなぁ。いい感じのマジックアイテムも持ってなかったし」
 背景があんまりにもみみっちくて笑いそうになった、とエーリックは言う。
「……だからって、何もなし?」
 アイムは未だ立腹中である。エーリックはにやりと笑った。
「まさか。あの手のご婦人にはな、物理的な怪我どころか断頭台に送ろうが、悲劇の花になれるだけで何の罰にもならねぇから、もっと効果的にやってくれるさ」
「……シュードーインがどうとか言ってたけど……」
「そ。今まで服飾、食い物、人使い、その他諸々やりたい放題だった貴族女にゃ、清貧な食事に質素な修道服、祈り……はマジメにやるかは知らんが、外に出られるのは貧民街への奉仕活動だけ。まともに訪ねてくれる知人もまずいないだろう修道院生活を死ぬまで、ってのは、怪我なんぞより長期的に、じわじわと精神にダメージになるらしいし。
 表向きは良いことしたいと言って出て行きました、って体裁になるから家に被害はないし。
 この世にゃ相手に併せて、物理以外のほうが効果がある罰ってのもあるってこと、覚えといて損はないぜ、漆黒」
「……………そんなもんなのか?」
「そんなもんだ」
 エーリックは断言する。オシルスはため息をついた。
「………………よほどの修道院に、と侯爵に約束させたんですね……エーリック・ステンダーの名前で」
 まぁな、と、頷く。場所は伏せるが、送り込まれた貴族子女にとっては厳しすぎて、幾人もの自死者をだしたことすらあるところだ、という。
「……ま、単に、贅沢にお茶会もできない環境に耐えられなかっただけだと思うんだけどなぁ、そういうやつは」
 あのババアはどれくらいまで持つかねぇ、と、つぶやく。
 アイムはふくれっ面のまま「いつか様子見に行って楽しそうに生活してたら許さねぇ」と返す。エーリックは面白そうに笑う。
「あの手合いは絶対、そうはならないって」
 それから。
「当事者はどうなった?」と、今更ながらに訊ねる。応えたのは、フォルクス自身の声だった。
「精霊に見捨てられたわけじゃなかった、ってのはよく判りました。……どうりで、みんな、っていうか、帰ってきた以外にも精霊がふえてる気がする……」
「お、もう起きたか。すげぇなぁ、噂の特異体質」
「……と、いうか。なんでご存じで?」
 こちらも、フォルクスにとっては初対面だ。
従妹いとこから聞いたことがあるからなぁ。あとは、クレスブルクにも傭兵として出入りしたことがあるから、そのときにも、ちょこっと噂はきいたな。アルケミスト学部のなかでもかなり上位の奇人変人集団の白子アルビノのうわさ」
「……あ……そうか。アーリンの……って、奇人変人って……」
「……アルケミスト界隈ではある意味、褒め言葉だ、って聞いたけど?」
「……………………褒めてないし……」

 とりあえず、一区切りだな、という話はついた。
 そうなれば、オシルスとエーリックは一刻も早く故地に帰って、エーリックを外側だけでも、それなりの大貴族のお世継ぎに仕立てる特訓にはいる、という。エーリックとしても、グリフィス・ヴォールファートに対して〝エーリック・ステンダー〟の名を使ったことで、ようやく覚悟を決めた、という。

 フォルクスの仕事の残りのいくつかは、彼らの故地、ステンダーの銀山やら金山、あるいは宝石を掘り出しているあたりにもある。彼が落ち着くまでに、漠然とした感覚だが、数日もかからないだろうから、そちらへ行くことになるだろう。
「ステンダー領の最後くらいでいいので、僕の父、ベルナート・クランの隠居生活の屋敷にも寄って下さい」
 と、オシルスは言った。
「父も、従姉上あねうえの話であなたに興味を示していましたし」
 フォルクスは了解の返事とともに、軽くため息をついた。すっかり、見世物珍獣っぽくされてるなぁ、と。