最初の旅路-フォルクス-4

writton by 龍魔幻

「……まじかよ」と、フォルクスがぼやいたのは、アイムが空腹で行き倒れた話をした時である。なお、そのとき、二人の席にはたっぷりと料理があって、ものすごい勢いで消費されていた。
「お前、国内で拒否された店の名前、覚えてる?」
「いや、全く」
「……そか。そいつぁ残念」
 何が、残念なのか。そう問うアイムに、フォルクスはアーデルリアスの法の歴史を語る。
二、三百年のほど前の王が、いかにも不吉な風体の女性に恋をして、愛妾に迎えようとした。廷臣たちの制止に怒った王は、全土に布告した。国内、あらゆる者は、様相が不吉だの不幸を運ぶなどの伝承に惑わされての商い、官吏の採用などを制限してはならない、と。
「……まぁ、法令違反だからなぁ。ザイン殿下、そういうの厳しいから、そういうことした店は即刻取り潰しだろうなぁ。実際、不吉だから、って理由で使用人を解雇したのがバレた貴族家いくつか、親族郎党含めて罰して解体してるらしいし」
 だから、俺みたいな、がっつり不吉容姿のヤツも安穏と暮らしてられるのが、アーデルリアスなんだ、と。
「……なにげにこえーな、ザイン様とやら」
「法遵守の象徴みたいな人だからなぁ。身内でも容赦しない、とかなんとか」
 フォルクスの容姿も、実のところ、アイムに負けず劣らず、不吉・不運を運ぶ、と言われて文句の言えないものなのだ。

 いつからか、人の口に上る謳がある。

  白い子供は月の落とし子。カディナに与えられるべき色の無い、見捨てられた子。
  赤い瞳は加護なき証。不幸を、死を呼ぶ瞳。

「……ま、法律でどうしたとこで、人の意識なんてそうそう、変わるもんじゃ無いけどな……でもまぁ、お前はやられすぎ」
 色に見捨てられた青年は、少し、目をすがめた。

「そういえば」と、話題を変えようと、ラヴェル。「フォルクス、あの変なヤツにけっこう、平然としてたわね」
 ルージュと名乗った、アイムの祖父だかなんだとか言うだけ言って去った人物のことを指すのは判った。
 フォルクスは、軽くため息をつく。
「……あの程度の奇人変人、アカデミーには腐るほどいるからなぁ……毒され慣れてた……」
 考えれば、ものすごく胡散臭いのだが。
 むろん、アイムは心の中で思った。
 あれと同等の奇人変人に慣れてる、って、アカデミーってどんな魔窟だよ、と。

 さて。
 リゼッタの情報に従って、フォルクスは海路を選ぶ。二人は、港町に入った。
「うちの商船に便乗していいってよ」
 と、フォルクスはこともなげに言う。単独で商船を持っている、ということから、彼の生家バーム家の大きさが知れる。
(下手な貴族より金持ってる家のぼんぼんかぁ)
 アイムは、ぼんやりと思った。それほどであれば、多少の異形も大したことはないのかな、と。
 フォルクス自身は別に、全く苦労したことがないわけでもないのだが、敢えて言うことでもないか、と思っているだけなのだが。
「おう、ぼっちゃん!」
 潮騒の音に交じって、ダミ声が呼ばわる。
「おつかれさん、船長。今回はよろしく。あ、こいつ、アイム。今回の護衛」
「ほう。槍使いか……それに……なんか隠れてるのかも怪しいのは羽か?」
 有翼人なんぞ珍しくもねぇのによ、と、男は笑う。
「……黒い羽が気になるらしい」
「なんだ、じゃぁ、万一の時はその羽だけで護衛になるじゃねぇか」
「だろ?」
 アイムは、ぽかんと二人を見上げた。
「護衛の仕事は初めてか? このぼっちゃん、そんなにあぶねぇとこにはいかねぇからな」
下手なところに行くのは、奥様がゆるさねぇ。海の男は豪快に笑う。
「会うとしても、黒い翼の有翼人が槍構えてりゃ、勝手にびびって逃げ出すような輩だけだろうさ」
「……もしくは、俺の容姿にビビるか、か?」と、フォルクス。
「おぅ、ステンダーの山脈近くじゃ、もしかしたら、そうかもなぁ」
 言われように、さして気にするでもなく。
 見た目は不吉そのものがそろった、と言っていいような、フォルクスとアイムの旅路は、これから始まる。