船は夜を走る。
「……そろそろかな」
そう言って、アイムは甲板に出ると、数分で青銅の鳥と手紙を手に戻ってくる。
「聞いても良いか、その…ウェノの相手のデートキルって、誰」
と、フォルクス。
「死んだ父さんの従弟。でもって、このアイムさんの身元引受人」
アイムは食卓テーブルに手紙を広げ、暫しうーんとかあーとか唸った後、
「読んでくれ」
そうフォルクスに言い放つ。
「はあ? 何で俺? お前の過去の重要な手紙、じゃないのか?」
「他に頼める奴いねーじゃんよ」
数日前の、手紙を書くのにえらい苦労をしていたアイムを思い出す。
ちら、と見やった手紙の一節。
『親切な旅の方、アイムは難しい文章が読めません。もし時間があればこれを読んでやってください』
時間だけは、たっぷりある。
「……分かったよ」
フォルクスは観念した。後でアイムの口から聞くにせよ、多分同じことだ。
『アイムへ。
お前、今どこにいるんだ?』
「あーその辺は飛ばしていーから」
「……。」
『――――ルージュという男なら、暫く前にうちにも来た。お前のことも知っていたから、ただの確認だったようだ。
質問に答えないとな。お前の父、オキファは最後の戦場に行く前に、俺を訪ねてきたんだ。無事帰って来れたらこの話をアイムにするつもりだ、と言いに。』
「お前の親って、傭兵とか?」
「ミラーフェルトの両親揃ってな」
『そんなフラグ立てのような話をするなよ、と俺も言ったんだがな。
つまり……お前は、従兄オキファの本当の子どもではない。二十年前、親に捨てられて、砂漠の街の闇市で売られていた黒い羽根の赤子、それがお前だ』
そこまでフォルクスが読み上げたところで、アイムは大きなため息をついた。
「昔から、親に似てねーとは言われてたんだが…眼も羽根の色もな。でも、凄く良い両親だった。十一年前にこのアイムさんを置いて死んじまった以外はな」
『オキファ達の死の知らせは、一年近くも来なかった。お前を見つけた時には、とっくに殺し屋になっちまってたから、これ以上お前の重荷を増やしたくなくて、ずっとこの話が出来なかった』
「それで、あのルージュって奇人が来るまで、お前親のこと知らなかったのかよ」
アイムは黙って頷く。
「……ん? さっき読み飛ばしたとこは……」
「読まなくていー! 話は分かってる!」
「読んだ方が良いと思うわよ、フォルクス」
と、ラヴェル。
アイムへ、の後が数行、両親がどうのこうのと書いてある部分と比べて筆が乱れている。
『お前、今どこにいるんだ?
ろくな旅支度もしないで、いきなり俺の家を出たりして! 確かに俺の処にいたくない事情は分かるから、無理に帰って来いとは言わないが、せめて連絡だけは取れるようにしてくれ!』
船室をそろーっと出ようとするアイムに、
「お前、家出だったのかよ!」
フォルクスが叫んで、ラヴェルは笑いを爆発させた。
「――だああああああ!! そーだよ悪いかよ! だって結婚させられるとこだったんだぞ??」
「落ち着いて! 説明が足りなすぎるわよ、アイム。ついでに顔、真っ赤」
ぜーぜーぜーぜー、と呼吸と顔色が元に戻るまで数分待って、アイムは話し始めた。
「……このアイムさんは、殺し屋辞めてから、一年近くデートキルの家にいたんだ」
「デートキルさんのおかげで辞められたんだけどね」
「デートキルには、子どもがいない。で……そのお舅さんが……フォルクスん家ほど金持ちじゃねーんだが、年頃の孫がいねーからって……で、このアイムさんが結婚適齢期をちーと過ぎたくらいだったからって、政略結婚に出そうとしたんだぞ!」
アイムと、結婚。
殺し屋よりミスマッチだけど。
「でも、まあ、よくある話だねぇ。政略結婚に反発して家出だなんて」
「けど……けどっ! ……このアイムさんなんかと結婚したいだなんて、そいつどんな神経してんだっつーの!」
「八割がた、実験台目当て」
さらっとフォルクスが返してのける。
「「やっぱし!」」
アイムとラヴェルの叫びが、夜に溶けた。