……いや、金の問題じゃねーんだ。
そう言おうととして黙り込んでしまったアイムに、フォルクスが「どうしたんだ?」と声をかける。
金の問題でないなら、何が問題なんだ。
「――買い被り過ぎ、だと思う。ノイエスさんも、お前の父親も」
ついでにザイン様も、リゼッタもフォルクスも。
「このアイムさんは、別に強い槍使いじゃない。槍が強いだけだ。それに、大体――」
アイムはフォルクスの紅い瞳をじっと見つめた。
「誰かの信用の問題じゃない。お前は、このアイムさんを信用出来るのか。元暗殺者なんて格好良いもんじゃ無い。ただの殺し屋だ。もしかしたら……」
二人と一振りはいつの間にか、住宅街を離れて、森の入り口にやって来ていた。人前でする話ではないからか。
ラヴェルがアイムの手から離れて、とん、と足を突く。
「要らん仮定の話をするんじゃないの」
「……そうだな、それに……」
今一度、依頼の紙を見て、小さなため息をついて、アイムはいつもの軽口に戻ろうとした。
「ラディスハイドだぞ? サーリアでさ、えこのアイムさんは見た目が死神だったり悪魔だったりするのでな、食い物を売ってくれなかったりするのに……」
「それが行き倒れの理由ね」
「ラディスハイドなんか、神様国家だから、このアイムさんは――」
――と。
「キャー!」
という甲高い悲鳴と共に、頭上の木々が唐突に裂けた。
ラヴェルが器用に落ちる枝を切り取っている。
「今の、アイム?」
「な訳ねーだろ!」
二人の前に落ちてきたのは、長い赤い髪の、
「いたたた……」
耳が長いから、多分
「エルフ……?」
呟いたラヴェルを思い切り無視して、そいつはアイムの胸ぐらにいきなりしがみ付いた。
「孫! 私の孫だわ!」
「……はあ?」
「やっと会えた! あ、私のことはルージュって呼んで。皆そう呼ぶ。こんな髪だから。染めてるんだけど」
エルフ? のルージュは、着ている葉っぱまみれのワンピースをぱんぱんと叩いた。
「私、貴方の祖父です」
はあ? とその場の全員が声をあげようとする。
「エルフなんかが、このアイムさんの……」
アイム。
「いやいやアイム、突っ込むとこそこじゃないぞ。そのなりで、『祖父』だって?」
フォルクス。
「あ、私、厳密にはエルフじゃないから。遠い昔に遡ると……まあいいか。答えその一。答えその二は、一応これでも私、五百歳近いの。祖母じゃ無いのは、ほっといて!」
そいつの瞳だけは、アイムと同じ、悪魔の紫だが。
「……待て」
アイムは静かにラヴェルを構えた。
「このアイムさんは、有翼人同士の子供だ。なんでエルフもどきのてめーが、祖父だあ?」
「物騒なもの向けないでったら。やだわあ、貴方の両親は人間よ。といっても母親は私の娘だから、ハーフエルフか。だから貴方はクォーターエルフね。おめでとう、長生きするよ?」
「だったら、このアイムさんの羽根は何なんだよ?」
「あ、父親の先祖に有翼人が入ってるみたい。その羽根、でかいだけで飛べないでしょう?」
「うるせー! だったらその、人間の両親とやらを連れて来い!」
「無理よ、もう、死んでるもの」
フォルクスは言葉を探して、断念していた。今なら、アイムが暗殺者と聞いても納得出来るかも知れない。それくらい、目の前のアイムは……怒っているようだった。
「このアイムさんの、ミラーフェルトの両親を愚弄する奴は許さねー! 何が孫だ、祖父だ、いー加減にしろ!」
「そんな、私は事実を言ってるだけよ? それに、貴方の母親だって、好きで死んでから探した訳じゃないの。貴方達と、ちょっと時間感覚が違ったから……ちょっとだけ昼寝をしてる間に」
申し訳無さそうな言葉と裏腹に、彼女、もとい彼、ルージュはばさりと髪をかきあげた。
「とにかく貴方は私の孫よ。後の話は……母親のことを知りたかったら、ラディスハイドにいらっしゃい」
「……何で?」
ハテナマークが、ルージュ以外の頭上に浮かぶ。
ばさ、ばさと音がして、何がが三人と一振りの頭上に降りてきた。何となれば、派手で馬鹿でかい蝶々。
「また会いましょ、孫よ、それにそのお友達!」
そしてルージュは器用にその背に乗ると、
「何だったんだ、あの、エルフもどき」
そうフォルクスが呟いた頃には、もう空へ小さくなっていたのだった。
「……行くぞ、ラディスハイド」
アイムは拳を握り締める。
「前言撤回?」
と、ラヴェル。
「契約成立……?」
「ああ、しばらくよろしくな、フォルクス・バーム」
――――これが、彼らの、奇妙な旅路の最初なのだった。
それで、数日後の、二人と一振りの最初の宿屋にて。
「リゼッタ暗号のこと、言えないぞアイム」
「うるせーなフォルクス、学校通ってねーって言っただろ?」
アイムの手紙の大体の文面は。
ルージュってゆーへんなやつきた。
このアイムさんの、りょーしん、ミラーフェルトじゃねー、
にんげんだってゆーのは、ほんとーか?
てゆーか…………
おまえは、なに、しってる?
「……高等教育受けてる奴に言われたかねー」
そして、アイムはウェノを飛ばす。