焚き火がパチパチと音を立てる。それ以外は、沈黙。
ここに一人きりでいるのなら、歌の一つでも口にしそうなものかも知れないが、生憎というか何というか、いつもアイムの側にはラヴェルがいる。
だから、独り言はいつも、問いかけ。
「なあ…結構今、いいムードだって思わねーか?」
「何なのよ、文法がどこかに飛んでいってるわよ。今更だけど」
そして相棒はいつも、辛辣。
「いやラヴェル、こーんな風に夜に火にあたってたら、身の上話の一つでもしたくなるんじゃねー?」
「とっとと寝なさいよ、あんたも」
「だからさー……」
すう、と息を吸い込むと、ちょっと前まで身近にあった森とも、生まれ故郷の砂漠とも違う味がした。
「例えば、このアイムさんが、何で殺し屋辞めちまったのか、とかさー」
……それはデートキルとその家族以外は、かつての同業者さえも知らない筈の、話。
漆黒の悪魔ことアイム本人にまで巡ってきた噂のように、誰かさんと対決して負けたとか、かけられた賞金の余りの多さに嫌気がさしたとか、そんなことでは全く、無い。
病気だったのだ。
怪我もして無いし、変なものを食べたつもりも無いのに何故か、腹がずきずきする。しかも、日に日に痛みが強くなってくる。
依頼先でたまたまデートキルと再会した時にその話をしたら即、彼の家に連れていかれて治療、となった。
何をどうやって習得したかは知らないが、デートキルはこの大陸にある何処の国でも、滅多に行われたことが無い治療法を、実際にやっている。……それを彼は、外科手術、と呼ぶ。
良く分からない「病気」だった筈が、腹を切って腫れているところを取り出して、また傷口を縫う、というとんでもないやり方をされて、実際治ったから現在のアイムがある。といっても半年は寝て過ごす羽目になったけれど。
「証拠はさー、ほら、このでっかい傷」
出来るだけ何気なく、焚き火に向かって黒いマントの裾をめくってみる。タネも仕掛けも無いですよ、というように。
ところが。
「やめなさい、はしたない!」
返ってきたのは相棒の、いつもより一オクターブは高い声。
「はしたないとは何だよ!」
ただ傷を見せただけなのに。
「このアイムさんが腹出しただけで、何がどうして!」
「はしたないものははしたないのよ、あんた、一応みこ」
「――――やかましいっ!」
もこ、と起き上がったのは、一人と一本が完全に存在を忘れていた、人間で男のフォルクスである。
「……道間違えたこと、ちょっとでも反省してるなら、夜くらい、静かに寝かせろ」
「……はい」
と、アイム。
「すみませんでした」
ラヴェルが続く。
フォルクスはまた横になり、すぐにその寝息を焚き火の音がかき消す。ラヴェルも見た目は、地面に置かれた槍に戻る。
「……。」
改めて、この話をフォルクスにすることは、多分無いと思う。彼は彼なりに、アイムの事情を上手く「作って」くれているだろうから、それをみすみす壊したくは無い。
その方が、きっと上手く旅を続けられる。
怖かったのだ。
殺し屋などという商売をしていれば、自分はきっと長くは生きられまい。以前はそれでも良いと思っていた。それが病気をして、死にかけて、初めて本当に死ぬのが怖くなった。
それだけが、アイムが人殺しを辞めた理由だ。別に反省も、改心もしていない。
けれどそんな自分の選択を、真人間の彼が受け入れるのは、到底無理というものだ。
夜は続く。
焚き火も、まだ赤い。
けれどアイムは、今晩は到底眠れそうに無い。