最初の旅路 -アイム- 5

writton by 萩梓

 アイムと喧嘩した。
 
 ても大体最初に喋った時から喧嘩腰だったし。
 振り返ればアカデミーに入るまでは誰かと喧嘩自体したことが無かったし、それで寂しいとか余り思うことも、別に……あいつがここ数日、やたらツンツンカリカリしてるのが悪い。
 うん、あいつが悪い。

 ……そうフォルクスがつらつらと考えていると、突然船室のドアを開けてラヴェルが入ってきた。槍なのにどうやって、ということは今更考えない。
「大変、アイムがいない!」
「何だよ、やかましいその辺で……甘い物でも食ってるんじゃないか?」
「だから、船の何処にもいないんだって!」
 そういえば、少し前から船が揺れてない。寄港したとか廊下で船員が言い回ってたのを、フォルクスはやっと思い出す。
「降りてどこかに行ってるとか?」
「あたしを置いて行ったのが問題なのよ! あたしが動けるってことは、とんでもなく遠くには行ってないとは思うけど!」
 えらい剣幕である。人間なら顔色を変えてまくしたてている感じ。
「過保護な槍だなあ。アイムだってたまには一人になったっていいだろ」
「あんたがそれを言う? まあ、良いわ。探しに行くわよ。丸一日は港にいるって船のヒトが言ってたし」
「俺? 行くの? お前あいつがいなくても動けるんだろ」
こう、跳ねて、ぴょんぴょんと。
「怪しいじゃないのよ!」
「いや、お前ら、何もしなくても普通に怪しいから」
「……引きずってでも、燃やしてでも、切り裂いてでも一緒に行って貰うから」
 物騒なラヴェルの言葉に、ようやくフォルクスも重い腰を上げる。どうせ、暇だし。

 寄港した砂漠の港町は、田舎の、という言葉がぴったりだったが、それなりに人の行き来はあるようである。
「宿屋、に行っても仕方ないよな」
 ラヴェルを右手にしっかりと持ち、フォルクスが呟く。傍目には独り言なので、通りすがりの人がたまにギョッとした目を向ける。
「一応覗いてみない?」
 人前で跳ねられるよりはましである。
 宿屋の次は市場である。アイムの行きそうな所といえば、
「あの、少し前に、禿頭で背のデカい黒マントの奴が来ませんでした?」
 やっぱり甘いもののある店。
「ああ、全体的に黒っぽいやつね。二、三時間前にそこのを幾つか買ってった」
「本当に来てるし……」
「何か、様子が変じゃなかったですか?」
 よせば良いのにラヴェルが声を上げるが、
 「……そういや妙にふらふらしてたな」
 店員の言葉に黙ってしまう。
 フォルクスは左手で菓子をつまむ。
「一つ、買って行くか」

 その後も古道具店や乾物店で目撃証言を得たものの、一人で歩いていた、というような印象でしかなく、フォルクスの手荷物が増えるばかりである。
「……あたし、アイムがどこに居るか、大体いつも方向とか分かるのよ」
「それを先に言えよ。とんだ構ってちゃんだな」
「……いや。今はさっぱり。あいつさー、守るとか、守られるとか、慣れて無いんだよね」
「何だよ、いきなり」
 ラヴェルは静かに声を重ねる。
「フリーランスの殺し屋なんてそんなもの。貴族はお金をくれるけど、守ってくれる訳じゃない。守る人がいる訳でも無い。だから、ちょっとフォルクスに期待したんだよね」
「俺に? 何を」
「あんた、一人で解決しちゃったでしょ。こないだの、海の幽霊。あれ、アイムにもどうにかできたんだよね」
 フォルクスが精霊にお願いしたから、声無き声から船員が助かったのだが。
「どうにかって、俺、あいつの能力とか全然知らないし」
「能力も何も、船員全員ぶん殴って気絶させる。船の運転は、その後考える」
「……物理だなあ」
 アイムなら、やりかねない。
「海の幽霊本体を叩くのなら、あいつに出番は無かったけどね。で、フォルクスがあいつを守っちゃった。調子、狂う訳。やっと守る人ができた筈だったのに。船のヒトも言ってたでしょ、黒羽根の有翼人が槍構えてれば良いって。あいつ、意地になってたのよ。それなのに、ね。
 あたしね、あいつの考えてること分かるのよ、ずっと前から。でもあたしじゃ、拗ねてるあいつを慰められないの。あたしじゃ駄目なのよ」
 確かに、フォルクスは、正確にはフォルクスの父親はアイムを護衛に雇った。けれどアイムがそんなに真剣に考えていたとは。
 くい、とラヴェルが斜めに動いた。
「そっちにアイムが居るのか?」
「おかしな気配がする」

 そうして一人と一振りが市場を抜けると、空が既に真っ暗だった。
「あたし、光るのよ。便利でしょ」
 ラヴェルの鏃の先に灯りが灯る。
「確かに便利だけど……」
 人が居なくて良かった…いや、居なさすぎる。幾ら田舎の砂漠でも。
 ほんの十分ほど歩いて、フォルクスは歩みを止めた。
「何だ、これ……」
 何かがある、いや、『何もない』。砂地の中にぽっかりと、砂さえ無い、円形の「空白」がある。これは、まるで、
「アーデルリアスの、妖精の森だった場所じゃ……」
 そして、その真ん中に黒羽根の有翼人がうつ伏せに倒れている。
「全く、ぶっ倒れるのが好きな奴だなあ」
「地面の魔力異常ね。これを感知してたの、アイム。気絶してるだけみたいだけど……あたしを船に置いて行ったのは、一人で帰れなくなった時の保険だったのか」
「分かるのか?」
「傍にいても分かり合えないなんて、つくづく人間って弱くて哀しい生き物だわ。でもこれじゃ、あたしだけじゃ運べないわね」
「俺にも無理だって」
 多分フォルクスの倍近く体重がある、と、思う。
「それくらい分かってるわよ。ちょっと浮かぶから、あたしにこいつを乗せて支えてて。落とさないでよ、くれぐれも」
 ……最初から、喧嘩で拗ねて船を降りた訳でも無かったのか。今となっては、何で喧嘩したかも彼には思い出せないけれど。
 アイムのべらんめえ調が、少し懐かしい。
「そういやさあ、俺の何に期待してくれたんだっけ、ラヴェルさん?」
「もうどうでも良いわ、そんなこと」
 もうすぐ、彼らの船が見える。