最初の旅路-フォルクス-6

writton by 龍魔幻

 ふと、フォルクスは足を止めた。船の近くの様子がおかしい。
 揉めている、というより、あれは……
「……ラヴェル……アイム、起きるか?」
「ん? たぶんすぐに……」
 声とどちらが先か、もぞりと動いた。槍の柄の上、という、とても微妙なバランスな場所で。なので、どさっ、と音を立てて地面に落ちたのはやむを得まい。アイムは、落ちた地面からもぞりと起き上がった。
「……うん? えーっと、今度は腹は減ってない……たしか……」
 思わず拗ねるような形で飛び出した後の記憶を探る。
「悪いが考え事は後で……」
 フォルクスが、船の方を指した。夜闇に灯された松明が、妙に揺れている。
「出番だ、物理担当。ウチの船を襲おうとしてる連中……」
「たたきのめせばいいのか?」
「できれば、ふん縛って官憲に突き出す」
「了っ解! 行くぞ、ラヴェル」
 ものすごい勢いで、愛用の槍をひっつかんで向かっていく。
「しばらく、寄港する場所の治安が良くないからなぁ。こういう時のための護衛なんだよ……」
 ぼそりとつぶやいたのが、アイムの耳に届いたかどうか。
「…………よし、ちょいと援軍」
 周囲の風の精霊の機嫌を伺って、フォルクスはつぶやく。
 ふわりと、風がアイムの羽を押した。押し出されるように、少し、早くなる。
「こういうのは、俺にはこれが精一杯だし」
 巻き込まれないように気をつけながら、少しだけ、近づく。あまり近づきすぎては足手まとい、下手に自分が捕まれば、それはそれは上等な人質になるだろう。そうならないように、遠くからの観戦に徹するしかない。
 アイムの動きを、きれいなものだな、とフォルクスは思った。それくらい、スムーズにあの大槍を滑るように操って、賊らしき連中をなぎ倒していく。それを端から、船員が縄で縛り上げていく。
 船に損傷が無い間に気づけていたらいいんだが、と、ぼやく。

 もし、ラヴェルが話す槍でなく、単なる普通の槍だったら、あるいは、彼に声を掛けること無くアイムを追っていたら、フォルクスは、どうしていただろう。
 〝寂しい〟という感情は、幼い頃からいやというほど感じてきた。そうして、いつしか意図的に麻痺させてきた。
 だから、たぶん、ラヴェルの後押しが無ければ、放っておいてしまっただろう、と思う。ずっと、自分から誰かを追うとか、接触を図るとかいう行為は、家の用事程度でしかしなかった。友情を求めれば、傷つくのは自分だから、そんなものは期待しない方が楽だ。
 幼い頃から、母親が何度もフォルクスに告げた。
  ―――― あなたは、白子なんかじゃない。呪われた子なんかじゃない。――――
 いつからか、だからこそ、理解してしまった。白子である自分は、もしかしたら他者に害を与えるかもしれない、呪われた子なのかもしれない、と。例えそれが迷信だとしても、こちらから積極的に接触を図るようなことは、相手にとって嫌がらせにしかならないだろう、というのが、フォルクスの考え方だ。
 これは、ずっと、変わっていない。
 クレスブルクでアカデミーに在籍していた頃も、馴染んではいたが、実のところ、自分から誰かに声を掛けたことはない。大抵の関係は、先方からの声かけで始まっている。
 たぶん、きっと、これからも、そんなふうに生きていくんだろうな、と、賊をなぎ倒すアイムの姿を眺めながら、フォルクスは考えていた。