ヴォールファート領 -アイム- 8

writton by 萩梓

 ヴォールファート侯爵の城下町にフォルクスとアイムが入った日の、昼過ぎ。時間潰しに通りをぶらついていると、アイムはふと異物を見るような視線に気が付いた。
 ふふん、と意味も無く鼻を鳴らしてみる。
「さては皆、このアイムさんの、悪魔か死神か、っつー外見が気になるんだな」
 黒翼紫眼こくよくしがん禿頭とくとう、という見た目が無くても、周りより頭一つ分背が高いアイムは目立つ。ちなみに船を降りてから、陸地は暑い、という理由で黒い羽根はマントから出しっぱなしでいる。
 ところが、フォルクスはきっぱりと、
「いや、俺が白子だから」
 アイムの言葉を否定してのけた。
「……何だよ、お前なんかちょっと髪と肌が白くてちょっと眼が紅いだけだろ」
「あのね、世の中皆あんたみたいに、自分の外見開き直ってる訳じゃ無いのよ」
 ラヴェルが二人だけに聞こえるように言う。流石にこの人混みの中では、槍であるその体の先端には布を巻いている。
「んー……そういや昔、獣人の同業者で、頭が真っ赤で体が下に向かって順に黄色、緑、青、紫って奴が居たな。ついたあだ名がレインボーマン」
「そりゃまた派手だなぁ。で、そいつが?」
「すぐ死んだよ。目立ち過ぎたからな」
 絶句する一人と一本を他所に、アイムは周囲をきっと睨み付けてから、
「やっぱしラディスハイド国内に入ると、一般市民の偏見の度合いが違うなー」
 と、続ける。
「言っとくけどここ、まだラディスハイドじゃ無いぞ」
 フォルクス。
「えー、ラディスハイドの外側じゃ無いのか?」
「外側だ外側。国内じゃねえ。国境がステンダー山脈。ここはまだ小国乱立の草原地帯」
「でも、〝領〟って」
「ステンダー領はステンダー領王家が統治する自治領。ここはヴォールファート侯爵の土地。大体俺の兄貴なんかが、大国ラディスハイドの貴族に婿に入れる訳無いだろ。それに偏見なんかどんな土地にだってあるし」
 アイムは暫く黙ってから、
「……フォルクス、お前ってちょいちょい説教臭いよな」
 と、呟く。
「アイムは考えないで物を言い過ぎ」
 ラヴェルがうなづいた、気がした。槍なのに。

 かなり日が傾き、町歩きにも飽きてきた頃になって、フォルクスは昼前から準備していた言葉を口にした。
「お前、明日ついてくるなよ」
「何でだよ」
 予想通りのアイムの反応。
「……船、降りてから何度あんたが暴走したと思ってるのよ。フォルクスの立場にもなりなさい」
 ため息混じりに――槍だから無いが――ラヴェルがぼやいた。
「でも会うのは侯爵っつったって、お前の兄貴だろ?」
「兄貴だからだよ」
 アイムは刹那、空を仰いで、反論の余地が無いと思ったのか。
「ああ、いーぜ」
 と、二つ返事で同意する。
 ……何かある。そうフォルクスがさっと身構えると、
「万が一お前が侯爵家で掻っ攫われても、すぐ探し出してやるからな」
 にやり、と紫眼が細くなる。
「鼻がきくのよ。このアイムさんは。そいつの気配っつーか、魔法使う奴ならその残り滓……伊達にそれで十年も飯食って無いからな。例えば……んー、あそこが良いな」
 いきなり鼻をぴくぴくさせるなり、目に付いた宿屋に入っていくアイム。
「あのさー、ここにエーリック・スタンって奴が来てなかったかー?」
「……誰」
 フォルクスじゃ無くても戸惑う展開である。
「あー、エーリックって、飲み友達っつーか、腐れ縁。〝お仕事〟に行くと、何でか良く出くわす。でもって、かなり、臭い」
 宿屋の女将が奥から出て来た。
「傭兵のエーリック・スタンなら、一週間前に泊まって行ったよ」
「な?」
「……。」
 かなり、便利な能力ではある。恐ろしい、というか……とりあえず今はアイムを敵には回したくない、と思うフォルクスなのだった。