船の方が落ち着いて、出航は明日昼頃、と告げられたので、フォルクスは白い月の下、アイムが潰れていた魔力溜りとでも言うべき円形を、改めて見に行く。
同じ物を、アーデルリアス王都近くの森でも見ている。そこにはかつて、不思議な妖精たちの集う泉があった。少しそこに行ってなかった間に、唐突に、それが似たような、魔法の力の渦巻く空き地になっていた。
過去の記録を調べれば、百年に一度も観測されていれば頻度が高い方、となっていた。それが……
「……今年、俺が見ただけで二つ目…………」
もちろん、記録に残っていないだけ、という可能性もあるが、何か、奇妙な予感のざわめきを感じた。
夜はそのまま、港の宿で寝て、朝、少しばかり痛んだ船を補修している横をすり抜けて、船の、フォルクスとアイムが乗っているところに行くと、ちょうど、アイムが黒い翼をもそもそさせて起き上がり始めていた。
「……こっちで寝てたか……ほら、朝飯」
「…………ん……」
半分寝ぼけた状態で、パンとスープ、それに野菜や肉切れの乗ったトレーを受け取る。
同じメニューを食べながら、妙に器用な格好でフォルクスは地図を開いてなぞっていた。
「……こことここ、それから、兄貴んとこの後は徒歩でステンダーだなぁ……やっぱり……」
面倒そうにぼやく。
改めて、彼の家自体の取引は広いのだ、と実感させられるが……
「……毎度毎度……とはいえ……」
巨大なため息は、アイムにも聞こえたはずだ。
「俺に登山させるなよなぁ……判っちゃいるけど……」
単純に、ラディスハイド王国そのものに用事があるだけなら、大陸沿いにぐるりと回り込んで、山の向こう側の港に着けばいい、だけだ。けれども……
フォルクスはもう一度、大きくため息をつく。
「……なによ、ため息ばっかり」
あげく、槍に文句を言われる始末である。
「……んー。ステンダー山脈をどうしても回避できない現実に悲壮感抱いてんだよ……あそこの後、絶対、しばらく筋肉痛で死ねる」
ピクリ、とアイムの翼がひくついた。
知ってか知らずか、ラヴェルが、なんでよ、と問う。
「ラディスハイドの盾、ステンダー領っていったら、武具とかで有名だけど、銀とか金も出るんだよ。だから、山の中のドワーフさんたちにも用事があるんで……山越え必須」
うちの商売、貴金属の飾り物作りは中心だから、そこら辺、必須なんだよ、とぼやく。
「クラン伯爵家に一人、知り合い居るけどなー……ドレスでもすいすい山登りする化け物女…って、あ……さすがに今は山にゃいねーか……4年前の大災厄の後、伯爵家のご当主様だと……」
「……クラン?」
アイムが口を挟む。
「ん? ああ……一時期、アカデミーに留学に来てたんだよ。それで、4年前の大疫病免れて、父親の後継いで、今、伯爵様やってるはずだが……」
「……疫病……ベルナート、っておじちゃん、無事かっ?」
いきなり、食いつきがすごい。というか、一瞬、かみつかれるか、と本気で思った。
「え、あ、えーっと……」
ちょっと身を引きながら、フォルクスは頭の中をまさぐる。
「ベルナート…クラン、なら、疫病下での一族の数少ない生き残りだな……騎士の現役引退はしてても、生きてる、と思う……っていうか……ラディスハイド王国のかなりの重鎮だから……寿命で死んだら、それはそれで情報流れてくる、はず……」
「んじゃ、今、どこに居るかは……」
「…………たぶん、ステンダーの山のドワーフとかに聞けば判るんじゃね?」
かなりの有名人だぞ、と付け加える。
「それにまぁ、うっかり早々とクラン伯爵家当主になったその知り合いの叔父にあたる人だから、なんだったら個人的に聞けるし」
「…………っっよっっっし!」
なにか、ものすごく気合いが入ったらしい。それで、フォルクスの筋肉痛への憂鬱が消えるわけでは無いが。
そうこうしてるうちに、出航の合図があった。