ヴォールファート領-フォルクス-11

writton by 龍魔幻

 エーリックはおおよそ9年も前から、5男坊なんぞに用事はあるまい、と故郷を飛び出し、戦場巡りの傭兵業をしていた。その前は一応、ラディスハイド王国の騎士団に所属していて、素行をのぞけば将来を嘱望されていたのだが、彼にとっては国外の方がより明るく、自由に思えたのだ。
 子供の頃にラディスハイド王宮で〝ステンダーの山猿〟とあだ名されたが、傭兵業でも年齢の低さや、戦士としては小柄で、どちらかといえば身のこなしが売りだったこと、その他諸々で、やはり〝山猿〟とあだ名された。アイムと知り合ったのは、情報交換を兼ねた酒場とか宿で、傭兵と殺し屋として、である。傭兵も戦争を中心とする活動であれば、案外、殺し屋と距離は近かった。接点があったのは、ほぼ必然といえる。
 父や兄たちが健在ならば、いつまでも飄々ひょうひょうと、傭兵としてあちこちを渡り歩き、ともすれば、どこかで強敵にばっさりやられるとか、何かの恨みでも買っている心当たりは山のようにあるから、背中から刺されていたとか、いろんな道があったろう。

 宿の部屋を軽く叩く。どうぞ、と、中から従弟いとこオシルスの声がする。
 〝漆黒の悪魔〟もとい、アイムの置き去りにしていった怪我人を見ているはずだ。
 エーリックが戸惑ったのは、怪我人の存在ではない。普通の怪我人やら焼死体なら見慣れている。自分だって積極的に剣で人を斬り殺す職業だ。
 見慣れているからこそ、戸惑った。山ほどの怪我や死体を見ているはずだが、まったく記憶にない状態だったのだ。たぶん、オシルスも、少なくとも病死体なら、山ほど見たはずだが、そのどれとも違うと言う。
 部屋へ入ると、ほっとしたような、戸惑ったようなオシルスと、あの奇妙な大やけどが嘘のようにすっかり消えて寝息をたてる青年の姿がある。
「……どうでした?」
 オシルスが問う。
「ヴォールファート侯爵さまの弟だってよ」
 治療を任せて彼の正体を探しに行っていたエーリックは答えた。
「漆黒……じゃねぇ、アイムと出くわした宿でさっくりと教えてくれた」
「ああ……じゃぁ、アーデルリアスの商家の……」
 オシルスは頷く。武器にならない金銀や宝石の出荷で付き合いがあるから、彼らもそれなりに知っている。
 何故に元殺し屋と同道していたのか、というか、知り合ったのかは不明だが、それは、おそらく戻ってくるアイムに訊ねればすむことだろう。
「で? そっちの状態は?」
「不思議なほど安静……というか、不自然に思えるほど一気に回復してるように見えます」
「……破壊の権化ごんげ伯父上おじうえと正反対の、てか、爺様か婆様譲りの治療系魔法の名手の我が従弟殿の力、じゃねぇのか」
「……父に言わないで下さいよ、喜んじゃいますから……。で、それはそうと……」
 オシルスは小さく吐息する。
「僕の魔法が無力だった、というほどではありません。それでも、この早さでの回復はそれだけでは説明が付きません」
 見たところ、内臓までやられてたんですよ、と付け加える。
「……ふむ」
 エーリックは考え込んだ。
「領主の弟、ってバーム家の三男だな……すると……」
 頭の中の情報をさらう。
「精霊様の加護、ってやつかな」
「……むしろ、それがあるなら、僕らの遭遇したときは何だったのか、という話になりますが」
「だなぁ。まさか、精霊使いの軍の無力化に使う魔法を個人に対してつかう阿呆もいないだろうし」
 ……実際は、いたのだが。
「案外、それかもしれませんね……」
 バーム家の三男は、精霊の加護を得たことで無事に成長できた、という噂は聞いたことがあった。そんな人物から精霊の影響を消したらどうなるか。そういう事だったのではなかろうか。
「……アレ、百人単位の精霊使いが対象の魔法だったと思うぞ。そんなもん、多少不出来でも個人に圧縮してかけたら……いや、まぁ、通常は精霊魔法が使えなくなるとか、その土地の作物に被害が出るとかだが……こいつは、例外中の例外、ってことか?」
「基本的に、場所に対する魔法、でしたよね。それで人為的に追い払われた精霊が、彼が移動したことで戻ることができたのなら、あるいは回復の一助になるかもしれません」
 推論でしかない。ただ、オシルスにもエーリックにも、もっと根本的な疑問があった。それを無遠慮に口にしたのはエーリックである。
「……でも、そんな方法でコイツを殺して誰が得するんだ? 人質にとって身代金請求、なら判らんでもないが」
 そう。彼の体質は本人が隠す気すらないので接点のある界隈では有名だが、フォルクス・バームを殺して利益が得られる存在、というのが浮かばない。あの家の母親の一番のお気に入りの息子らしいが、跡継ぎでもなければ、次男と違ってどこかに婿に出せることもそうそうなさそうだ。それは誰よりも、フォルクス自身が吹聴している、らしい。
「捕まえて簀巻すまきにして身代金請求、なら判るんだぜ? お袋さんが糸目つけずにだしそうだからな。それを防ぐために護衛……ああ、アイムが護衛なのか。あいつに感知されずに捕まえるのは、難儀だろうしなぁ……でも、ほっといたらあのまま死んでたろ? それ、誰が得するんだよ」
 エーリックの疑問は、そのままオシルスの疑問でもある。
 せいぜい、母親が嘆くくらいだろう。あるいは護衛を任されていたアイムがめられるかもしれないが、その程度で、取り立てて誰が得をする、というのが思い至らない。

 貴族社会では、誰かを殺せば誰かの得になる人物が狙われる。世間では、誰かの恨みを買っている人物が殺されることもある。けれども、彼はどう考えても、その範疇に当てはまる情報がない。
「…………契約書云々うんぬんは、特に彼でなくてもなんとかなるでしょうし……むしろ、装飾系統ではバーム家と縁が切れて痛いのは契約相手側だと思いますが……」
 そう思われるほど、素材を高額で買い取ってくれる。もちろん、先方ではそれをさらに上質な物に生成して付加価値をつけて売りさばくので、どちらも損はしない。
「結局、やらかしたヤツを追ってる漆黒……もとい、アイム待ちかぁ……」
 謎しかないなぁ、と、エーリックはぼやいた。