「まさか魔法騎士団に、“漆黒の悪魔”をスカウトする日が来るとはな」
リゼッタは朝からの奇妙な出来事を思い出しながら、
『ウェノ・アエラ・エン・ノイエス・スーン』
伝書鳩ならぬ、魔法の鳥鳩ウェノを窓から飛び立たせる――――
翌朝九時過ぎ。
アイムはフォルクスの家の鏡の前で、
「やっぱこの羽根、目立つかねー?」
黒い翼を動かしてみせる。
「何ならマントにしまっても良いんだけど」
同じ色のマントをちょいちょいといじると、マントの中にすっぽりと翼が収まった。
「大荷物背負ってるようにしか見えない」
アイムの隣でフォルクスはちょっと首を傾げてみせると、持っていた大きな緑色の布をアイムに羽織らせた。
「ついでにこれも」
揃い? の緑の帽子も、アイムの禿頭に被せてみる。
……昨日とはうって変わって優しげなフォルクスの態度に、ちょっと戸惑っているアイムだが、今朝もパンをくれたことだし、
「凄くデブの人に見えなくもねーけど…ま、いっか」
あまり気にしないことにする。
緑色の布が兄の部屋のカーテンなのは、フォルクスが墓まで持って行く秘密である。
フォルクスのボディ・ガード役、というリゼッタの言葉には最初戸惑ったアイムだが、この先特に予定もないので、まずは
『とりあえずクレスブルクに行ってくれ』
という彼の提案に従ってみることにした。
そういう訳で、フォルクスと共にサーリアからの馬車で降り立った、アーデルリアスの学術都市、クレスブルク。
「……何でわざわざ馬車なんだよ?」
「徒歩で半日、を他人にも要求しないの」
無論アイムの相棒、魔法生命…と本人は言い張るがその実際は槍のラヴェルも一緒である。
「あそこのパン屋、うちがサーリアの本店から仕入れてて…」
と、フォルクスが言いかけるや否や、
「揚げパン美味そう…」
と、パン屋の窓辺に齧り付いているアイム。
「あのねー、昨日も甘いパン食べたで……ってフォルクス、何で買ってるの!」
「いいだろパンくらい」
「コイツをあんまり甘やかすと、ろくなことにならないわよ……」
そういう訳で、クレスブルクの街角で、歩きながらパンを頬張る二人と、食べられない一振り。
「あっち曲がると、リゼッタの母さんの薬屋な」
「薬屋か、何か買っとこうかな」
傍目には、昨日の喧嘩腰が嘘のようなやり取りである。
しばらく歩いて。
「この先ちょっと行くと、俺のアカデミー時代の、“知恵の鷹”寮」
「アカデミーか、このアイムさん、自慢じゃねーけど学校というものには全く行ったことがない」
アイムは紫眼を細めた。
「育った町には、学校自体無かったからな…」
「――で、今日の夜、この辺で俺の行ってたアルケミスト学部の飲み会があるんだよな」
むむ、とアイムは鼻をひくひくさせた。
「大量の人間が、こっちに来る……フォルクス、お前」
「ラヴェルさん、アルケミストに誘拐されないように気を付けて」
「――だああぁぁぁ! 謀ったな、フォルクス!!」
こちらへ歩いて来る、同年代の人間沢山。
「どーりで、てめーが仲良さげだと思ったー! こら、跳ねるなラヴェル!」
走るアイムの背中と頭から、緑色の布と帽子が滑り落ちて、風に舞う。
それと前後して、リゼッタ・アズナグルの手紙の宛先……ザイン邸の、ノイエス。
「“漆黒の悪魔”が気質になって、通行証を持たせたい……か」
解読すれば、そうなる。
……懐かしい、と言えば懐かしい名前である。正確には、一年と少し前、廃業したという噂を聞いた、カーディナル大陸ではかなり有名な暗殺者、殺し屋の名。
こちらが使う前に、通行証とは奇妙なことになったものだ。ザインの騎士、或いは影、ノイエス・スーンは薄く笑った。