邂逅-フォルクス-2-

writton by 龍魔幻

「……フォルクス」
 ぞんざいな口調は、名乗られたから、とりあえず名乗り返す、といったふうだった。
 それから、ふと、気になった。……精霊の匂い……
「……って、コラ、聞き捨てなんねーぞ。誰が精霊だ? っていうか、臭い、って、犬か、お前は!」
「え、あ、いや……」
「俺は生まれも育ちも人間だ! っつーか、アレか。俺が精霊ならあんた、死に神ルイ・トーバか!? アホらしい」
 その口調に、さげすみは無い。……単なるけんか腰、だ。
「誰が死に神ルイ・トーバだ……って、やっぱ、言えた義理じゃ……」
「てかな、出来すぎだ! 化けてんのか? 黒翼紫眼こくよくしがん? 神話コスプレならどこぞで間にあってんだ」
「……って、コスプレだぁ? ふざけんな。このアイムさんは生まれたときからコレだよ。何なんだよ、精霊野郎!」
「だから、だれが精霊だ、誰が。てめぇ、その目の色なら魔法使いか!? 受けて立つぞ?」
「なんでそーなる!?」
「魔力ダダ漏れ色だろうが、その紫!」
「はぁ!? 槍使いだ、見りゃ判るだろ!?」
 ぎゃぁぎゃぁ、という擬音でもつけてやりたくなるわぁ、と、いや、子供のケンカか、と、アイムに捕まれた槍は思ったろう。
 別の声が割り込んだのは、そんなときである。
「おお~。なんか、仲良さそうだなぁ」
 先ほどまでパンの入っていたかごに、何かをひょい、と器用に投げ入れながら、なんとものんびりとした台詞である。
 黒い髪に、茶色の瞳。フォルクと同年代の青年で、平々凡々な容姿だが、肩に引っかけた軍服と、腰にいた剣とで、おそらく軍人だろう、と察しが付く。彼らの接点はいったい……と槍であるラヴェルが思考を巡らせかけたとき。
「誰が誰とだ!」
という声が、二重奏をなしてとんだ。
「いやいや、真っ白に、真っ黒。漫才で行けそうじゃね?」
 そもそものきっかけ、アイムをこの場に置き去りにした男、リゼッタである。
「あ、それ。緊急出動で先輩が残してった、他に食うやつがない、死ぬほど甘いパン、食堂のおばちゃんにもらってきた。気が向いたら食っといて」
 なにがなにやら、である。
「……にしても、お目が高いねぇ……こいつが精霊……」
 その声には、笑いが含まれていた。
「……おい」
「……いや、あながち間違ってねーだろ、お前。確か、精霊憑きじゃなきゃそもそも、死産確定じゃなかった?」
 爆笑寸前、といった口調。
「やかぁしい。守護とか加護とか、もちょっと言い方あるだろ!」
「飾っても今更だろうに…………に、しても。それ、、で魔法使えねぇのか、もったいない」
 ひょい、とアイムの顔あたりを指さす。
「…………は?」
 人間の男は、好きでは無い。が、コレのおかげで餓死を免れたらしい、という事実がある。
「いや、最初拾ったときは当然、見えなかったけどさ。槍持ってたろ? で、その色なら魔力はあるから、使えるんなら、是非是非、魔法騎士団にスカウト案件なんだけどなぁ。実に残念」
 雰囲気のせいか、口調のせいか、実に胡散臭い雰囲気に、フォルクスはリゼッタをじろりと睨む。
「……知ってんだろ。魔法騎士団は常時人手不足」
「そりゃぁ、勉学必須な魔法と、体力必須な騎士の二足わらじなヤツ、そうそう転がってねーだろ。お前みたいに、小手先の地味魔法使いならともかく、上は魔法だけでもすごいんだろ」
「そ、です。〝悪魔の紫〟が出るほどの魔力持ちで、槍使えるなんてレア人材、現状考えるとホント、魔法つかえりゃ即採用で行けると思うぜ」
 しみじみと、と、言った風情だ。
「えーっと、悪いんだけど、お兄さん?」
 槍が、実に感情豊かに、申し訳なさそうにしゃべった。
「コイツを助けてくれた人よね? どなたかしら?」
「おう。おれはリゼッタっていって……」
「………城の役人」
「って、誰が木っ端役人だ? 魔法騎士団員! わりとエリート!!」
「エリートはてめぇでエリートって言わねぇんだよ! で、エリート様がこいつら、引き取りにきたんか?」
「いや、無理」
「…………おい」
「だって俺、野郎ばっかの寝床だけの官舎住まいだぜ? それに……」
「……無責任公務員」
「うっせぇ。今、結構忙しいんだよ! アーデルリアスの森の北の端っこ、エルフ一族のキーデル候の領地だろ? で、隣の、砂漠地帯のシャデリア公国と揉めやがって、ただいま国境紛争直前。あの、意地っ張り野郎のキーデル侯爵さまが、本国騎士団に救援求めるとか、めんどくせー話になってんの!」
「……や、初耳だけど」
「そりゃ、あちこちに流布るふされたら、パニック起こって、余計に治安維持に人手かかる話になるかんな」
「…………で?」
 と、リゼッタは腕を組む。
「そこの黒翼有翼人こくよくゆうよくじんが空から魔法の一発でもぶっ放してくれたら、案外、シャデリア軍がびびってくれねぇかなぁ、と思ったんだが」
「……………いや、飛べないし」
 訳がわからないながらも、ようやくアイムは口を挟む。
「ま、いーや。そんなわけで、俺ら、忙しいの。あと、フォルクス、そろそろ西方に行く時期だよな?」
「ああ。西の山脈鉱地とかいくつかとの、定期の契約更新のお使いな」
「…………今年は、国境がそんなんだから、頼むから海路で……って……そいつにボディガード依頼すりゃよくね? 毎年、傭兵雇ってたよな?」
「いや、雇い主は親父だし、身元不明はなぁ……」
「…………ノイエスさんに話、通すから。最強の後見人つくぞ。どうだ、そこの……えーっと、アイム?」
 あまりの唐突さに、アイムは全くついて行けていなかった。